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◆よていをたてる。

灰谷健次郎氏が死んでしまった。

近所の郵便局の小さな本棚に、ハードカバー版の「我利馬の船出」がおいてあるのを先日発見した。
最近いじめ自殺のニュースが多い中、灰谷先生はどのやうな気持ちであっただらうか。

と思いつつ。

我利馬の船出をまたちょっと読んでみたり。


さて11月も終わりに近づいていますが、
早々に、私の今年一年を振り返ってみよう(唐突

2005年は割りと前向きだったが、今年2006年は、やや後ろ向きな一年でした。

以上!!!w

「割と前向き」とか「やや後ろ向き」 というだけで1年をまとめてしまったwww


今日は来年の手帳を買った。

字が大きくていい。

帰ってから「字の大きさ」で手帳を選んだ私に、ゆっくりと老いの影がしのびよっているのではないかと思い。
「若年寄※ネタ」が一個増えたと思ってにこりと笑う。

そう、私は先週あたりに、またスケジュールの大切さについて気がついたのだ、

予定を決めて活動することのなんとすばらしいことか。文字通り前向きではないか。

すばらしい。よてい。

ひとつ、あたらしい手帳をかうこと。
ひとつ、シャンプーがなくなったのでかうこと。
ひとつ、引きおとしの日を忘れないこと。

そういうことを書いていけばいいではないかと思い、そうして秋山はウキウキしながら今週のよていや来週のよていを書き込もうと思って、ペンとカレンダーのついた手帳をもってふとんにもぐりんこんだのでした。

その瞬間、


秋山はゴミ出しを忘れていたことに気がつきました。



秋山は暖かいふとんの中でしばらく考えこんだ後、もぞもぞしながら




「ゴミの日は除外」


と一言つぶやいて、ゴミも出さず予定も考えずに、そのままぐっすり寝るのでした。

そんな私の10月の私の携帯の発信履歴は2分40秒でした(着信はもっとあるけどね)

バイト先に1回電話しただけw


最近はまた、「飛ぶ教室」も読み返したりしたので、とちゅう文章がそれっぽくなりました。

と、いうところで、

しめやかに記事を終わろうと思ったら、トイレットペーパーを買うのを忘れていたことに気づきました。



これは除外できない。




※わか‐どしより【若年寄】
1 江戸幕府の職名。老中に次ぐ重職で、旗本および老中支配以外の諸役人を統轄。小禄の譜代大名の中から通常数名が任ぜられた。少老。
2 若いのに言動が年寄りじみた人。


秋山による注釈
「若年寄を英語訳すると、“ナイスミドル”になります(なりません)」


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◆「ダイナソー」

ジブリで好きな映画は「平成狸合戦ぽんぽこ」なわけですが、


ディズニーでいいと思ったのはズヴァリ「ダイナソー」(2000年)です。


私はネズミやアヒルや黄色いクマには興味はないww


ザ・ダイナソー!! 恐竜の映画であります。「恐」の字がついてます。


で、ダイナソーは実写の背景とCGの恐竜が組み合わさっているのですが、

それは、今では普通の方法論ともいえますが、でもこれは雰囲気が全然違う、

いわゆる「現代に恐竜が蘇っちゃった」ではなくて、

実写の背景に恐竜を描いて恐竜がいた時代を表現しているのでありまして、

なによりその美しい自然の背景にうっとりする映画でもあります。


まぁほんと芸が細かいわけですが、

イントロなどを見ると、やっぱりすごいと思います。こんな自然がまだ地球にあったのかと思いますし、


この表現は、気合がハンパではない。倒れた木の上(本物)を恐竜が歩くとぐらぐらゆれたりする。

これは見るものに、いるはずのない恐竜がいるというある種の違和感と、なぜかふと唐突に、恐竜がいた時代そのものを感じてしまう自分がいる。


ここで表現され、自分が感じたその感覚とは一体何なのか。
と自問しても、すぐに答えがでないぐらいにインパクトがある。

私がこういうことを言うのは自分でも珍しいとおもいますが、

この映画はもはや映画以上の意味を持ってしまっているすごい映画だと思う。わけです。


まぁそうはいってもとりあえず恐竜のキャラが吹替えでしゃべりだしたりするんですけどねwww


隕石落下の後ふらふらになりながらみんなで歩くシーンなどは、ディズニー映画とは思えないつらい感じ。


まぁそうはいっても最後はとってもでぃずにぃ☆なオチなんですけどねwww


ていうか内容はそんなに覚えてないんだよ!!!(怒


いやでも、この大自然とその中で生きる恐竜にため息がでます。こんな映画はめずらしいですね。


というわけで、イントロ部分(6分弱)がゆーちゅーぶにあったのでリンクをつけておきます。

水や空に注目してください。

未見の方はぜひ続きをどうぞ。






さて、、、さきほど

>これは見るものに、いるはずのない恐竜がいるというある種の違和感と、なぜかふと唐突に、恐竜がいた時代そのものを感じてしまう自分がいる。ここで表現され、自分が感じたその感覚とは一体何なのか。

と書きましたが、最初に見た頃よりも今、じっくり考えてなんとなくわかりました。
結局、ここでガチンコで表現された ソレ は、「いのち」そのものなんだろうな。と思いました。


思えば、アニメーション自体が、絵にいのちをふきこむことにはじまって、

わけてもディズニーといえば、

“ネズミ”にはじまり、“サカナ”にしろ“クルマ”にしろ、“おもちゃの人形”にしろ、


いのちを吹き込むことについてはスペシャリストな集団なわけでして、

恐竜のいのちの躍動を、マンガチックに恐竜アニメにする方法をとらず、

実際の大自然に配置して、 “絶滅した種”にいのちをふきこむ という、大技をやったわけです。それも現代に蘇るというジュラシックパーク方式ではなく、当時の絶滅前を表現するという、その種が本来あるべき姿をきちんと表現したわけです。

ディズニー、おそるべし。


やっぱり、この映画は、映画以上の意味があると思います。


でも、しゃべるからwww 恐竜たち。そりゃ、クルマもサカナもしゃべるし。ね。


隕石落ちる映像はさすがに実写じゃないだろう。
いやしかし、絶滅だとかこういう隕石みてると、ディープインパクトなみにせつない気分になります。
なんか評価が低い映画ですが、「結局こいつらは絶滅した」という前提でみれば、なかなか熱い話なんですよ。なかなかどうして。のろのろみんなで歩くシーンとか泣けますよ。なんども言ってますがw


なんかアレなんでしゃべる予告編もつけておきますw


http://club.buenavista.jp/disney/product/preview_bb.jsp?cid=206


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◆「シン・レッド・ライン」と、ワニ。

今更だが、今でも思い出して、見たくなるような映画なので。

で、

若い方には、是非、若いうちに、見て頂きたい1本なので、また書きたいと思います。

監督のテレンス・マリック氏は今、新作の「ニューワールド」がレンタル中でありますが、


その前の作品になります。

簡単に言えばハリウッドの絶滅危惧種といっていいくらい、きれいな絵を撮ることに全霊を注ぐ監督さんでありますが、最初に僕にこの監督の話しをしてくれたのはマーくんでした。

戦争映画にジャンルわけされていますが、
内容としてはあくまで風景の映画であります。自然の中における戦争を見て、その戦争に参加する人々の心の声を聴く映画です。

“キャラクター”の意志による展開もなく、戦局展開の説明も特になく、
山場も特にありませんw


草むらの中をゆく兵士たちが、自然に溶け込んで見えるこの不思議感!!
やっぱりこういう映像は他では見られないと思います。


映画の最初にワニが出てくるんですよ。
そのワニが、ズズーット、沼の中に沈んでいくところから、映画がはじまります。で、最近ようやく気がついたのですが、

映画の中盤で、休暇をもらった兵士達が、ワニを捕獲して棒でつついたりするシーンがあるんですけど、

このワニ、冒頭で登場したワニとイメージとして、ダブってるんですね。


もちろん、これらはあくまで断片的な映像です。ワニとストーリーは一切関係なく(ワニの映画じゃないし)。他にもこういうイメージを断片的に観客に提示しています。じゃあ提示して、何が言いたいのかというと、実は僕もそんなにわかるわけではなく、詩のように味わって、解釈するか、あるいはもうとりあえず感じたままを受け入れるかということでしょう。
だいたい、「提示」ってカッコよく言ってますが、場合によっては「ぶつけてくる」感じもあるくらいですw
いろんなものが出てきます。

撮影段階からかなり断片的だったようで、多くの役者がこの20年ぶりのテレンス・マリック映画に名乗りを上げて参加し、撮影したのですが、ビル・プルマンなど出演シーンが全部カットされたという話もあります。ビリーボブソーントンがナレーションをやったのに、全部出演者のモノローグに差しかわってます。
計画性がないのかしらないですが、完成品がものすごいディレクターズカット版になってるわけですw
見るとわかるのですが、編集上も、多人数映画のようになっていて、このへんからも、ストーリー重視の映画ではないとわかります。


というわけで、
少なくとも映画という世界の中において、こういう視点があるということを知っていただけると、実に収穫となると思います。
こーゆー映画もたまにはいいんです。


タイトルの「シン・レッド・ライン」は宣伝では「人間の正気と狂気を隔てる線」という事を言っていましたが、なんか人間性のない戦場で狂気に陥るとかそういう内容じゃなかったと思います。そりゃどっちかっていうと「フルメタル・ジャケット」ですw

その赤い線とはなんだろうか、と思うのですが、越える越えないではなく。触れるか触れないか、感じるか感じないか、という赤い線のことだろうと思うのです。
登場人物はもちろん、この映画は間違いなく見る人の「生命のどこかにある赤い線」についても揺さぶりをかけてくるとおもいます。

この映画を観て、その時何も感じなくても、

若い人はこれから生きていくことを重ねていくうちに、
何度か、こういう赤い線に触れることが、あると思います。


 それは、まさに狂気への入口なのか、
 あるいは、ふと感じる懐かしさなのか、
 人間のぬくもりや、癒しなのか、
 それともどうしようもない孤独なのか、怒りなのか、
 死と生そのものなのか、ひょっとしたら、神の救いを感じる瞬間なのか、

 あるいはワニなのか

 僕にはわかりませんが、そういう線はあると思います。


あと、はじまって40分ぐらいは戦闘シーンとか全くないから、そのへんは期待しないでおきましょうw

よこくへん

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◆なぜ今回は

まるちゃんは今いびきをかいて寝ている。

かわいいなぁ、、、と思っていると時々 「プー!!!」 という音がする。




寝っ屁 である。

こんにちは。秋山です。


そういえば先日、実家でご飯を食べていたとき、テレビで教育の話をしていたが、妊娠している先生の腹をヒザ蹴りした女子高生の話などをしていた。

例の再現VTRみたいなアレだw

女子高生は「生まれてないんだから人殺しじゃないでしょう」と、ものすごい悪人顔してテロップつきでしゃべっていたが、

私のおぼろげな学生時代の記憶によれば、刑法上は胎児も被害者になる。と思う。
確かああいうのは法律によって違うのだ。生まれていなくても、何かの対象になったり、場合によっては生まれていないので権利がなかったり、もちろん意思決定等もできないわけでもうわかりませんすいません。
例えば胎児の遺産相続などはどうなるんでしょうか。そういうのは専門家の方に聞いてみましょう。

とにかくこの小娘は、映像を見る限り、妊娠しているという前提で腹を蹴っており、

相手が腹を蹴られると困ることを知っている上でやっている。専門家でないのでだからどうしたと言われるとわからないけど、

とにかくいけない子だと思った(そういう番組だろうがw)

教師は子供を無事出産したそうだ。


胎児の相続について検索しましたw

http://www9.ocn.ne.jp/~ishigami/Jouhouteikyou/Souzoku_Igon/Taiji_no_atsukai.html


塊魂になってるゆかいCM





スティーブン・キングの短編集「ドランのキャデラック」を買いました。
昔、金に困って売っちゃったんだよね。これ。


なんで今回は腹を蹴る女子高生の話しがメインになってしまったのか。
なぞである。

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◆ウトウトねこちゃん

ねむい。

ねむいので、

ウトウトするネコちゃんの動画でもはっておこうw








はやらせろ!!!!wwww

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